時を忘れそして安らぐ!奈良県明日香村

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7月21日(日)古代文化の香り豊かな郷。風土と人の心が築き上げた「郷」の誇りを伝える、時に磨かれた魅力をたずさえた奈良県明日香村を訪ねました。

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稲渕の棚田

のどかな田園風景と思ったら、日曜日ということもあるのでしょうか?
すでにお仕事をされていました。草刈り機の音などで静かな雰囲気ではなかったです。

よ~く見ると山のふもとに観音様が見える。

また、稲が黄金色の季節や彼岸花の季節に行きたいですね。

石舞台古墳

石舞台古墳は、横穴式石室を持つ方形墳で、築造は7世紀の初め頃と推定されます。すでに古墳上部の封土は失われ巨大な天井石が露出した姿になっています。被葬者は不明なようですが、6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかといわれています。
昭和8年と10年に本格的な発掘調査が行われ、その結果、玄室の長さ7.7m、幅約3.5m、高さ4.7mで大小30数個の花崗岩が使用されており、天井に使われている石の重さは、北側が約64t、南側が約7.7t、総重量は約2,300tという大規模な古墳であること判明しました。
封土は方形・上円下方形とも考えられているが、現在なおはっきりしないが、巨大な石材を架構した雄大さは、日本古墳の中でも群を抜いた後期古墳である。

裏側は、こんな感じ!

石舞台名の由来

『石舞台』の名の由来については、一般には石の形状からとされていますが、昔狐が女性に化けて石の上で舞を見せた話や、この地にやってきた旅芸人が舞台がなかったので仕方なくこの大石を舞台に演じたという話もあります。もちろん石の上に登ることは禁止されています。

横穴から中に入れます。

中は広いですね。天井の隙間から外の明かりが射してきます。
石室の中に入りました。中から見上げると改めてその巨石を組み立てた石室の構造に驚きます。

中から入口を撮影しました。

復元石棺

国営飛鳥歴史公園

芝生広場

祝戸地区展望台

展望台があると聞いて、絶景が見れるか?国営飛鳥歴史公園から祝戸展望台へ向かいしました。

階段が続き、結構きつい道のりでした。(汗だっくり)
虫もいますし!

西展望台へ到着

そこから250m先に東展望台があります。

東展望台へ到着

西展望台からは、左に見えていた山が中央に!

汗をかいた後の癒し!

西国三十三所 第七番 龍蓋寺 岡寺(真言宗豊山派)

古来より土地の名から『飛鳥の岡にある寺』=『岡寺』と親しみをこめて呼ばれており、現在では宗教法人としての名も『龍蓋寺』ではなく『岡寺』となっており、『岡寺』の名で知られております。
現在は、真言宗豊山派に属しておりますが、創建当初より江戸時代までは開山の義淵僧正が法相宗の祖であったことから法相宗興福寺の末寺であり、興福寺から別当(住職)を選出しており、室町時代には興福寺別当が岡寺別当を兼務しておりました。江戸時代に長谷寺第32代化主(住職)法住が岡寺に入山して中興第一世となって以来、長谷寺の末寺となり今日に至っています。同じ西国札所の興福寺・長谷寺とは昔から深いかかわり合いがあるお寺です。

日本最大、最古の塑像観音像

本尊・如意輪観音像(重要文化物)最大の塑像で、如意輪観音像としては最古の作品。インド、中国、日本三国の土で弘法大使が造られた尊像。如意輪とは、物事を自分の意のごとくかなえて頂けるとの意。
その御名を呼べば衆生の願いに意の如く応え、法輪を転じて衆生の迷いを破る。これが岡寺の本尊如意輪観音の功徳で、境内は朝露の中にさながら瑠璃の光を放っていると御詠歌に形容されている。

『けさみれば露岡寺の庭のこけ さながら瑠璃の光なりけり』

樹齢500年以上皐月

境内は花が植えられており、きれいです!

義淵僧正

奥の院 石窟 弥勒菩薩へ

弥勒菩薩が中に!

三重宝塔

昭和61年に実に514年ぶりに再建。そして平成6年より三重宝塔の荘厳として扉絵・壁画・琴などの作成に着手し、平成13年に完成。

鳥形山 飛鳥寺(真言宗豊山派)

真言宗豊山派「飛鳥大仏」で知られる国内最古の大寺院

588年、百済から仏舎利が伝わったことを機に、蘇我馬子が発願、聖徳太子とともに8年の歳月を費やして建立されたといわれる日本最古の本格寺院である。
創建当時は、塔を中心に東西と北に金堂、その周りに回廊をめぐらせた一塔三金堂の伽藍配置だった。その広さおよそ6万平方メートルといわれ、日本初の仏教寺院にふさわしい規模だったことがわかる。
本尊の「飛鳥大仏」と親しまれる釈迦如来像も、年代のわかる現存の仏像としては最古。推古天皇の命により、鞍作止利(くらつくりのとり)が造立した。顔の表情も少し異国情緒が漂う。

飛鳥寺は第32代崇峻天皇元年(588)蘇我馬子が発願し、第33代推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺であり、寺名を法興寺、元興寺、飛鳥寺とも呼んだ。

飛鳥大仏

お寺の方が親切に説明していただけます。
「飛鳥大仏」を正面から見ると、頭部だけが少し右を向いた格好になっているのが特徴的で、お寺の方によると聖徳太子生誕の地である橘寺の方向を向いていると言われています。
また、こういった歴史のある仏像としては珍しく、写真撮影が可能です。顔の右側と左側では表情も少し異なっています。見比べてみてください。(怠った顔、微笑んだ顔)

正面
面長で鼻が高いのが特徴!

正面から向かって右側から

正面から向かって左側から

飛鳥大仏左側には

飛鳥大仏右側には

蘇我入鹿の首塚

飛鳥寺の西側には、蘇我入鹿の首塚も建てられています。飛鳥寺から約80mほど。

後ろ側は

西側から見る飛鳥寺もよし!

まとめ

明日香村は、飛鳥時代に都が置かれた場所であり、今も多数の史跡が残る、見どころ豊富な観光名所です。「時を忘れそして安らぐ」。現代人が忘れてしまった贅沢がここにあるような気がします。

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